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- 練成会 | 生長の家総本山 公式サイト
生長の家総本山で開催される各種練成会のご案内。参加方法や申し込み手続きを詳しくご紹介しています。信仰を深める機会としてぜひ総本山の練成会にご参加ください。 練 成 会 練成会とは、合宿形式で寝食を共にし、生長の家の教えを学ぶ行事です。 練成会では生長の家の講師による講話をはじめ、神想観(生長の家の座禅的瞑想法)、浄心 行、先祖供養、自然体験プログラムなど様々な宗教行事を通して、「人間は本来は神の子であり、完全円満である」「自然と人間は本来一体である」という真理を学びます。この自覚を深めることにより、人生万般の問題が解決し、明るく喜びあふれる生活を送ることができます。 練成会にはどなたでも自由に参加することが出来ます。皆様のお越しを心よりお待ち申し上げております。 自然と共に伸びる練成会 「自然と共に伸びる練成会」は、境内地の自然の中で生長の家の教えを学び、私たちの内に本来内在する神性を開発することを目的にしています。 現代の日常生活では、私たちは様々な現象に心を捉えられ、特に人間関係でのストレスが絶えません。本練成会では、そんな心の執着を放つ方法として、神や自然を体感として観じ、日常の喧騒を離れ、心を解放する時間を提供しています。そのため、練成会では、季節に応じた自然体験プログラムをはじめ、神想観(生長の家の座禅的瞑想法)や感謝行など、心を浄める宗教行を主として行います。こうした体験を通じて、「今、ここ」に生きる喜びを再発見することにより心の平安を取り戻します。 例えば、朝の神想観の時間に、鳥のさえずりや風の音を耳にしながら深呼吸をすると、私たちの意識は身の回りの自然へと向かい、その意識の広がりにより普段気づかない生命のつながりを実感することができます。また自分も他者も本来神の子であるという認識が深まり、人間関係も自然と調和していきます。 このように「自然と共に伸びる練成会」は、現代生活の中で忘れがちな、本来の自己内在の神性や自然と人間は本来一体であるとの認識を深め、新たな心の調和と生活の幸福をもたらす行事となっています。参加された方々が、「生きる喜びを再発見した!」とおっしゃっていただけるよう明るく運営をさせていただきます。 2026年 開催予定 日程 10月3日(土)~10月5日(月) 12月1日(火)~12月3日(木) 参加予約について 2026年9月3日~5日に開催された練成会 「自然体験型プログラム」の様子 午前はまず、作法研修を行いました。礼拝や玉串奉奠の作法練習を通じて、神様とのつながりを深めました。 雅楽体験では、普段、手にすることが少ない雅楽器に触れ、日本に古来から伝わる木製楽器の響きを生で感じました。 龍笛にも興味津々。童心に戻りチャレンジします。 この日は、九州北部地方では2ヶ月ぶりとなる恵みの雨となりました。奥津城の百日紅の花が鮮やかに咲いています。 今回は個人参加者の他、沖縄教区からも約20名の皆様が参加され、秋雨の中でしたが、奥津城参拝を行い、先生方へ感謝の想いを捧げました。 温故資料館では、先生方の足跡を辿り、生長の家の歴史を学びました。 ビデオ視聴の時間では雅春先生の貴重なご講話を拝聴しました。 藤棚の家へ移動。 心地よい 周囲の雨音を感じながら、神想観を実修しました。 午後は、室内でのクラフト体験。今回も『一切存在一体箋』の額装作りです。 実相を表すコトバを七重塔に重ねます。 組み立て中 見事、完成しました。 休憩には総本山で採れた蜂蜜を使用したゼリーを頂きました。喉が潤います。 最後に『大自然讃歌』の一斉読誦を行いました。 心の焦点を実相にあわせます。 2026年 練成会アーカイブ 2025年 練成会アーカイブ 次回は12月、今年最後の練成会となります。 自然体験プログラムは蜜柑の収穫等を行う予定です。 自然体験型プログラム ショート動画 2025年10月 稲刈り 2025年8月 バードコールづくり 2025年7月 夏野菜収穫 2025年6月 田植え 2025年6月 田植え 参加について 「自然と共に伸びる 練成会」参加予約はこちらから随時受け付けています。 次回開催日 10月3日(土)~10月5日(月) ※練成会の参加には事前予約が必要です。 個人参加のほか、団体(組織・教区単位)での参加も可能です。 ※ 団体でのご参加ご希望の場合は、対応できる人数が20名程度までとなります。詳細については総本山に電話にて お問い合わせ下さい。 途中参加、日帰り参加も可能です。 下記の電話または申し込みフォームからご予約ください。 (総本山代表 0959-27-1155)受付時間:9:00~17:00 ➡ インターネットでの予約 【テキスト】 詳細はプログラムをご確認ください。 → 10月の練成会プログラム (※ 雨天の場合は、野外での内容が変更になりますのでご了承ください) ※テキストは総本山の聖典頒布所でもお求めいただけます。 【持ち物】 筆記用具(売店でも販売しています)、作業着 着替え・入浴洗面道具(宿泊の方のみ) ※タオル、石鹸、ボディーソープ、シャンプー、洗剤はございません。 ドライヤー、洗濯機はご利用できます。 【送迎について】 練成会初日と最終日、以下の時刻については早岐駅から総本山までの送迎を行っています。 ●初日 早岐駅着時刻 13:10、14:10、15:09、16:10、17:10 ●最終日 総本山出発時刻 13:30(早岐駅14:59発 みどり40号に対応) ※インターネット予約フォームには入力欄がありますので希望時刻をお選びください。 電話予約の場合は希望の時刻をお申し出ください。 参加費用について 練成会にご参加いただくには、「奉納金」と「参籠費」が必要になります。 【全期参加費(2泊3日)】 8,000円以上随意 (奉納金5,000円以上随意 + 参籠費3,000円) ※ 奉納金は 3歳~12歳は半額です。 【日帰り参加費】 2,500円以上随意 のみ ※ 奉納金は 3歳~12歳は半額です。 → 詳細は 「奉納金・参籠費早見表」(PDFファイル) よりご確認ください。 「奉納金」・・・宗教上の儀式に対する献金 「参籠費」・・・食事や宿泊などにかかる実費 感染対策について ●練成会開催期間中は、手洗い等による手指衛生、換気などの配慮をお願いします。 ●道場内の随所に消毒用アルコールを設置していますので、こまめに手指の消毒をお願いします。 ● 基礎疾患のある方や、妊婦、体調のすぐれない方の参加は出来ません。 ●マスクの着用は個人の判断に委ねさせていただきます。ただし咳エチケットをお守りください。 ※高齢者等、重症化リスクの高い方が参加されている場合は、マスク着用を推奨いたします。 道場までの移動で混雑した電車やバスをご利用される場合は、マスクの着用を推奨いたします。 ●受付の際に検温を実施いたします。37.5度以上の熱があった場合は参加をお断りさせていただきます。 ●お手洗いにロールタオル等はございませんので、ハンカチをご持参ください。 ●道場で昼食を取られる方は、以下についてご留意願います。 ・大声は出さないようお願いします。 ・食事前には、必ず手洗い消毒をお願いします。 その他 ● 健康保険証をご持参ください。 ● 外出される際は、受付にお申し出ください。 また練成参加日程を途中で変更なさる場合も、受付にお申し出ください。 ●貴重品は受付にてお預かりしますので、お申し出ください。 ※貴重品の出し入れは、8時~ 20時の間とさせていただきます。 ●浴室のご利用時間は、16時~21時までとなっております。 混み合う場合は譲り合ってご利用いただくようお願いいたします。 ● ゴミの分別にご協力下さい。空き缶・ビン・ペットボトル。その他のゴミヘと表示に従ってお願い致します。 ● 境内地内は禁煙・禁酒です。喫煙は男子浴室(道場)横の喫煙所をご利用ください。 前記の注意事項を守っていただけない方はお帰り頂くことがあります。ご理解とご協力のほどよろしくお願い申し上げます。 また、上記の内容は、事情により変更する場合があります。あらかじめご了承ください。 ●道場内に自動販売機はございませんので、予めご了承ください。 ●道場玄関は21時に施錠いたします。外出される際は施錠時間までにお戻りください。 ●消灯は21時となっています。消灯後はお静かにお休みください。 ●お部屋を出られる時は電気のスイッチをお切りください。
- 2026年練成会アーカイブ | 生長の家総本山 公式サイト
生長の家総本山で開催される各種練成会のご案内。参加方法や申し込み手続きを詳しくご紹介しています。信仰を深める機会としてぜひ総本山の練成会にご参加ください。 2026年 練成会アーカイブ 8月3日~5日に開催された練成会 「自然体験型プログラム」の様子 練成会2日目は朝から夏野菜の収穫を行いました。 大きなオクラが実っています。オクラの花も鮮やか。 一つ一つ自然の恵みに感謝して収穫していきます。 こちらはパプリカです。 こちらはナス。 わずか15分程の時間でしたが、多くの野菜を収穫できました。 野菜を収穫した後、龍宮住吉本宮へ移動して、神官より本宮の説明を受けます。 引き続き、顕斎殿地下に移動して作法研修を行いました。 改めて礼拝の作法を学びます。 次に雅楽を体験していただきました。 実際に楽器を叩いてみます。 こちらは琵琶。 和琴を弾いてみます。 その後、奥津城参拝を行いました。 引き続き、温故資料館を拝観。 館内で保存されている貴重なビデオを視聴しました。 午後は室内で『一切存在一体箋』の額装づくりを行いました。 まず、「七重の塔」に実相を表す言葉を真心を込めて書いていきます。 次に、額装の木枠をヤスリをかけて滑 らかにしていきます。 組み立てていきます。 額装が完成しました。 完成した額を前に、『大自然讃歌』の一斉読誦を行いました。 最後に俳句の創作を行い終了となりました。 7月6日~8日に開催された練成会 「自然体験型プログラム」の様子 午前はまず、奥津城参拝を行いました。 奥津城前展望台からの眺め。昨日までの長雨が止み霧が晴れてきました。 温故資料館からのテラスからの風景です。 練成会では恒例となった職員手作りの豆乳プリンをいただきます。 館内を案内。生長の家の歴史に触れます。 藤棚の家の中へ。 中二階にある和室で神想観を実習しました。 下山後、午前10時から、"森の中のオフィス"よりライブ配信された「万教包容の御祭」に参列しました。 午後は『一切存在一体箋』の額装づくりに挑戦しました。 文字入れ後、地元の大工さんに作り方の指導をいただきながらクラフトを実践。 まず、七重塔に実相を現す言葉を文字入れします。 紙やすりで木材を磨いていきます。 次に磨いた木材を組み立てます。 文字入れした七重塔の用紙を差し込みます。 見事な額装が完成。 最後に額装した七重塔を前に置き、『大自然讃歌』の一斉読誦を行いました。 実相に心を集中させます。 クラフト実習を終えて外へ出ると、梅雨明けの青空が広がっていました。 新緑に親しみながら、最後は俳句づくりを楽しみました。 4月23日~25日に開催された練成会 「谷口輝子聖姉三十八年祭」と「自然体験型プログラム」の様子 晴れ渡る天候のもと、谷口輝子聖姉三十八年祭が厳かに執り行われました。 総本山の筍をはじめとした神饌物をお供えし、報恩感謝の想いを捧げました。 聖経『甘露の法雨』読誦の中、参列者による焼香。 午後は境内地内の孟宗竹林へ移動し、筍の収穫体験を行いました。 清々しい竹林の空気に癒されます。 職員による作業の説明。 周囲の土を丁寧に掘り起こします。 筍の先端が顔を出しています。 根元を傷つけないように切り離して収穫。 喜びの笑顔。 春の収穫祭となりました。 その後、道場へ移動し恒例の豆乳プリンをいただきました。 最後に「日時計主義」の実践として俳句を創作。神・自然・人間のつながりに想いを馳せました。 3月25日~27日に開催された練成会 自然体験型プログラムの様子 境内地の桜がちょうど開花し、参加者の皆さまを大歓迎。 練成会2日目の午前。晴天の澄みわたる春空のもと、奥津城参拝を行いました。 展望台から一面に広がる境内の景色を見渡します。 奥津城参拝後は温故資料館、藤棚の家を訪れました。 インタープリテーションとして、シートの上で仰向けになりしばらくリラックスタイム。 全身で自然を味わいます。 最後に『日々の祈り』を拝読し、自然とのつながりを深めました。 昼食は川沿いの桜のもとでお花見弁当を味わいました。 いただきます。 野外でのお弁当は格別です。 お腹が満たされた後は俳句の創作。思いを巡らせます。 午後は椎茸ホダ場で収穫を行いました。 早速、椎茸を発見。 大収穫となりました。 引き続き、椎茸駒菌打ちの体験を行いました。 まず、原木にドリルで等間隔に穴を開けます。 木槌で駒菌を打ち込みます。 こちらが駒菌です。 最後に、収穫した椎茸を炭火焼きでいただきます。 香ばしい椎茸に箸が止まりません。
- 関連リンク | 生長の家総本山 公式サイト
生長の家に関連するリンク集。関係団体の公式サイトへのアクセスをまとめました。詳しい情報はこちらからご覧ください。 生長の家関連 リンク集 facebook 生長の家総裁 谷口雅宣先生 facebook 白鳩会総裁 谷口純子先生 facebook 生長の家“森の中のオフィス” 生長の家本部練成道場(飛田給) 生長の家宇治別格本山 生長の家富士河口湖練成道場 一般財団法人 世界聖典普及協会 株式会社 日本教文社 homepage 唐松模様 (総裁 谷口雅宣先生 ブログ) 恵味な日々 (白鳩会総裁 谷口純子先生 ブログ) 生長の家公式ホームページ(国際本部) 生長の家 飛田給練成道場 生長の家 宇治別格本山 生長の家 富士河口湖練成道場 一般財団法人 世界聖典普及協会 株式会社 日本教文社 SNI−動画リンク集 生長の家ネット俳壇
- 生長の家総本山 公式サイト | 地球社会の一員として環境や社会問題へ取り組む | 長崎県西海市西彼町喰場郷1567番地
当サイトは、生長の家総本山の公式サイトです。活動や境内地の情報、祭典や練成会などの行事案内等を発信しています。 自然と人間が共生する 新しい文明の構築に向けて 神 癒 祈 願 詳細ページへ 祭 事 詳細ページへ 練 成 会 詳細ページへ オ ー プ ン 食 堂 詳細ページへ 生長の家総本山 ネットフォーラム研修版のご案内 2025年12月18日(木) 午前10時30分~午前11時45分 月毎にzoomによる総本山主催のネットフォーラムを開催しています。 内容:九折スタジオまたは講話ビデオの視聴、座談会、境内地の案内、神癒祈願の説明など ( どなたでもご参加いた だけます) ● Zoom接続先情報 拝聴する動画:【清超先生と『飛鳥讃歌』】(2024年11月3日公開) テキスト :『飛鳥讃歌』 「プログラム」 10:15 zoom 参加者入室開始 10:30 ネットフォーラム開始 開始の祈り、挨拶・・・竹嶋 裕之 総務 10:35 九折スタジオ動画 拝聴(約20分) 【清超先生と『飛鳥讃歌』】 10:55 座談会(20分) 総本山の講師陣を含んで、 動画の感想をシェア 11:15 境内地の様子紹介 (屋外からの映像配信) 11:30 神癒祈願説明 11:45 終了 ※ 視聴のみの参加も可能です。 生長の家は「神・自然・人間は本来一体なり」の教えに基づき、世界平和の実現を目指し活動しています。 宗教法人「生長の家」 布教・環境方針 生長の家総本山について 総本山ネットフォーラム研修版 テーマ:神想観を実践しよう 2026年9月28日(月)開催 時間:10:30~11:45 詳細は開催前に、Facebook にてご案内いたします。 “新しい文明”とは 「自然と共に伸びる練成会」参加予約はこちらから随時受け付けています。 Like お知らせ ニュース 2026年9月13日 「被災地支援」のページを公開しました。熊本地震における救援活動の様子をご紹介しています。 ニュース 2026年9月5日 2026年9月3日~5日に開催した第13回「自然と共に伸びる練成会」の様子を公開しました。詳しくはこちらから ニュース 2026年8月5日 2026年8月3日~5日に開催した第12回「自然と共に伸びる練成会」の様子を公開しました。詳しくはこちらから ニュース 2026年7月8日 2026年7月6日~8日に開催した第11回「自然と共に伸びる練成会」の様子を公開しました。詳しくはこちらから 祭典報告 2026年7月1日 6月30日午前10時より、顕斎殿において「六月晦大祓」が滞りなく執り行われました。祭典の様子はこちらから 過去の一覧 最新号 生長の家総本山総合情報誌『顕斎』 『顕齋』2026年9月号(No.400) 巻頭言 「生存競争」の迷いを去る祈り その他主な内容 【地球社会貢献活動】 「令和8年 熊本地震」 緊急支援のご報告 【第12回自然と共に伸びる練成会】 練成会参加者の感想文紹介 Like 境内地案内 Like 造化の三神について photo album サイトマップ トップ お知らせ一覧 生長の家とは 総本山について 造化の三神について 神域の樹木 四季の花 生き物 造化の三神について 神域の樹木 四季の花 生き物 祭事 恒例祭 特別誓願 大祓人型 御祈祷 恒例祭 特別誓願 大祓人型 御祈祷 Menu Close 神癒祈願 練成会 初詣 活動について ノーミート・低炭素の食生活 省資源・低炭素の生活法 自然重視・低炭素の表現活動 オープン食堂 自然の恵みフェスタ P4U 被災地支援 居住地の自然と文化遺産の豊かさを顕彰 清掃奉仕など ノーミート・低炭素の食生活 省資源・低炭素の生活法 自然重視・低炭素の表現活動 オープン食堂 自然の恵みフェスタ P4U 被災地支援 居住地の自然と文化遺産の豊かさを顕彰 清掃奉仕など Menu Close 頒布品 授与品・参拝記念品 縁起物 売店商品 書籍 顕斎 授与品・参拝記念品 縁起物 売店商品 書籍 顕斎 交通アクセス 関連リンク Menu Close
- 生長の家とは | 生長の家総本山 公式サイト
生長の家の沿革と、唯神実相・唯心所現・万教帰一の教えをご紹介します。神・自然・人間は本来一体との信仰、人生の光明面を見つめる日時計主義、感謝と祝福に根ざした生活の実践を総本山からお伝えします。 生長の家とは 神・自然・人間は本来一体なり。 生長の家は、人間を神の子として礼拝し、すべてのいのちの尊厳を重んじる信仰を基礎に、人類の幸福と世界平和の実現を目指しています。自然の恵みに感謝し、互いの善性を認め合い、その信仰を日々の生活に表すことを大切にしています。 沿革 — 立教から今日へ 1930年(昭和5年)3月1日、創始者・谷口雅春 先生による月刊誌『生長の家』の創刊をもって立教しました。「人間は神の子」との自覚を伝える教えは、誌面を通じて多くの人々に届き、人類光明化運動へと展開しました。 谷口清超前総裁を経て、2009年3月、谷口雅宣総裁が法燈を継承。今日では、日本をはじめ、北米・中南米・アジア・オセアニア・欧州などに活動が広がっています。 現在は国際平和信仰運動として、信仰に根ざした生活の実践とともに、自然と人間が共生する「新しい文明」の構築に向けて取り組んでいます。 唯神実相 ゆいしんじっそう ― 神の創造された世界と、人間の本質 生長の家では、神が創造された本来の世界を「実相」といい、それは善と調和に満ちた完全な世界であると説きます。人間の本質は、この神のいのちを受けた「神の子」であり、神・自然・人間は本来一体であるとする信仰です。 感覚に映る現象のみをもって、人間の価値を定めることはしません。自己と他者の内に宿る神性を礼拝し、すべてのいのちを尊ぶことが、この教えに基づく生き方です。 唯心所現 ゆいしんしょげん ― 心とコトバの創造力 「唯心所現」は、心のあり方が現象の世界に映し出されるという教えです。生長の家では、心に思うこと、口に語ること、身体で表す行為を、いずれも「コトバ」の働きとして重んじます。 神から与えられた智慧と愛といのちを、思い・言葉・行いに表すこと。人を祝福し、感謝を語り、善を実践すること。その積み重ねを通して、調和ある生活を創造していくことを説いています。 万教帰一 ばんきょうきいつ ― 宗教の多様性を尊び、根本の真理に学ぶ 世界の宗教は、それぞれの時代や風土、文化を通して教えを伝えてきました。「万教帰一」は、その多様な表現の奥に、共通する根本の真理があるとする教えです。 それは、諸宗教を一つの教団に統合するという意味ではありません。他の信仰を排することなく、その特色を尊重しながら、互いに理解を深めることを重んじます。宗教相互の敬意と協力は、世界平和を実現するための大切な礎です。 日時計主義 ひどけいしゅぎ ― 人生の光明面を見つめる生き方 太陽の光を受けて時を刻む日時計にちなみ、日々の喜び、美しさ、ありがたさに心を向け、それを記し、語り、心に留める生き方を「日時計主義」といいます。生長の家が大切にしている、信仰を生活に表す実践の一つです。 人の善意に気づき、自然の恵みを味わい、小さな出来事の中にも感謝を見いだす。その光明面を積極的に認めることは、自他を祝福し、内なる善さを生活に表すことにつながります。 『日時計日記』には、感謝したこと、心に残った美しい情景、人から受けた親切などを綴ります。善きことを記録する営みを通して、与えられている恵みへの自覚を深めていきます。 総本山においても、練成会や地域への奉仕、自然に配慮した暮らしを通じて、感謝と祝福に満ちた生活の実践を進めています。
- 大祓人型 | 生長の家総本山 公式サイト
生長の家総本山・龍宮住吉本宮において執り行われる大祓の意義と大祓人型の申し込み方法をご案内しています。 大 祓 古来より、日本民族は身心浄化を常として、「祓」を年ごとに恒例の行事として執り行ってきました。大祓の起源は『古事記』の中で、伊邪那岐大神が筑紫の日向の橘の小戸の阿波岐原で罪穢れを祓い浄めたことに由来します。 仲哀天皇御崩御の際、諸国で大祓が行われ、更に天武天皇の御世では、三度の大祓が行われていたとの記録があり、太古より大祓は災害疫病など事あるごとに随時行われてきました。七〇一年に大宝律令が定められ、制度としては毎年六月の晦日と十二月の大晦日に大祓が行われるようになりました。 生長の家総本山・龍宮住吉本宮においても、この日本古来の儀式に倣(なら)い、半年に一度、知らず知らずに犯した罪穢れを祓い浄める大祓を執り行っています。 生長の家の大祓 龍宮住吉本宮で行われる大祓は、御祭神である天之御中主大神、高御産巣日神、神産巣日神、住吉大神の御神徳である〝 ムスビの働き 〟の霊波を受け、人型を用いて心の浄化を図り、実相を顕現するという生長の家の信仰に基づいた御祭りです。 天之御中主大神とは、宇宙創造の本源神であり、唯一絶対神のことで、その御徳の一つである陰と陽の〝 ムスビの働き 〟を神名によって表現したのが、高御産巣日神・神産巣日神であります。 〝 ムスビの働き 〟とは、本来一つのものが陰と陽の二つの働きに分かれ、それらが再び結ばれることで「新価値」を生み出す働きで、それは、私たちから離れた存在ではなく、日常生活や自然界のいたるところに満ちています。私たちが性を異にして生まれ、子供を産み育て、周りの人や自然と交わり、働き、学び、生活することも〝 ムスビの働き 〟の一つで、人類も自然界もこの陰と陽の〝 ムスビの働き 〟がバランスよく機能し、多様な人種、民族、国家が相互協力することで繁栄してきました。 ところが現代では、このムスビとは相反して、表面的な違いによって自と他とを分離し、自己中心的な偏った考えにより、異なるものを退ける心の傾向が強まっています。そうした分裂は、互いの衝突を生み、衝突より生まれた感情は、知らず知らずのうちに潜在意識に蓄積され、悪業となって、社会生活や周囲の環境に悪影響を及ぼします。 病気や人間関係の争いなどの個人間の問題のみならず、地球規模では国家間の紛争や地球温暖化などの環境問題となって顕在化しています。 龍宮住吉本宮の大祓では、各自の霊波を移した人型を、大神たちの〝 ムスビの働き 〟が天降った御神火で焼却することにより、こうした迷いの根本である心の偏りを整え、本来の調和した神の子の実相を顕し出します。 この大祓にて、個人の実相顕現はもとより、〝 ムスビの働き 〟が益々満ちわたり、神・自然・人間が大調和した実相世界が顕現することを共にお祈りいたしましょう。 大祓の意義について 聖経・讃歌の功徳 大祓では、浄化の方法の一つとして、人型に対し、聖経・讃歌の集団読誦を行っています。この功徳について谷口雅春大聖師は次のように説かれています。 (前略)人型や肖像写真に対して送念されたる愛念や「真理の言葉」(経典の読誦)は、相手の病気を治したり、霊魂の業や罪を浄めたりすることが出来るので、大晦日において、人型に対して聖経の集団読誦を行い、現実界の人々の業や罪障を出来るだけ祓い浄めて次の新しい年を迎えることはまことに有意義なことだと考えられるのであります。(『聖使命』昭和32年8月1日号) 祭典中は、聖経『甘露の法雨』が読誦され、また祭典後の浄火場では、人型が焼却される中、『観世音菩薩讃歌』が読誦され、その真理の光明念波と神火の相乗効果により、個人の力では浄化が困難な業や罪も、悉く浄められます。 人型の納め方 ① 人型にご自身の名前・年 を書きます ② 人型で全身をなでます ③ 人型に息を吹きかけます
- 清掃奉仕など | 生長の家総本山 公式サイト
生長の家総本山が取り組む地域の清掃活動や、間伐材を活用した地域貢献の様子をご紹介します。 清掃活動などのご紹介 総本山では、地域の皆さまが気持ちよく過ごせる環境づくりを願い、地元神社や通学路の清掃などの地域貢献にも取り組んでいます。職員有志が行った活動をご紹介します。 上岳神社の清掃 職員有志8名で、地元の上岳神社を清掃を行いました。総本山も地域の当番制による神社清掃に加わり、年2回担当しています。苔むす石畳の参道や、大きなクスノキの下に積もった落ち葉や枝を掃き集め、地域の皆さまが気持ちよく参拝できるよう心を込めて境内を整えました。 上岳神社の境内を清掃 地元西彼町にある上岳神社。住吉大神様を祭祀しています。クスノキの茂る境内で、落ち葉や枝を掃き集めました。地域の皆さまが気持ちよく参拝できるように整えています。 地域への感謝を込めて 職員有志8名が参加し、ほうきを手に境内を清掃しました。地域のお役に立ちたいという思いを込めた活動です。 新緑に包まれた上岳神社 青空と新緑に包まれた上岳神社。地域の当番制による清掃に総本山も加わっています。 下岳郷の通学路清掃 総本山に隣接する下岳郷の通学路で、職員有志が歩道の草抜きと落ち葉掃きを行いました。日陰に積もった落ち葉で滑りやすくなった道を、小学生が安全に通学できるようにとの思いから企画した活動です。冷たい飲み物などで熱中症対策をしながら約100メートルを清掃し、歴史ある往還の道をすっきりと整えました。 下岳郷の通学路清掃 職員有志で通学路の草抜きや落ち葉掃きを行いました。子どもたちが安全に通学できるよう、約100メートルの道を整えました。 清掃を終えた職員有志 地域の自然を感じながら力を合わせて作業しました。清掃を終え、参加した職員有志で記念撮影をしました。 地元高校へ手作りのゴミBOXを寄贈 西彼杵高校女子バレーボール部の寮へ、総本山の間伐材を活用した丈夫なゴミBOXを寄贈しました。「自然の恵みフェスタ」に展示していた間伐材作品をきっかけに相談を受け、施設管理部を中心に約2週間かけて製作しました。完成後は女子寮へ届け、資源を活かしながら地域の困りごとの解決につなげました。 手作りのゴミBOXを寄贈 総本山の間伐材を活用して製作したゴミBOX。西彼杵高校女子バレーボール部の寮へ届けました。 8月26日|室内の片付けと家財の運び出し 被災されたお宅で、室内の片付けや家財の運び出しを行いました。屋内と屋外で声を掛け合い、参加者同士で協力しながら作業を進めました。 8月26日|室内の片付けを支援 家屋の中で片付けに取り組む参加者たち。暮らしの再建に向けて、できる作業を一つずつ進めました。 8月26日|屋外での片付け作業 被災されたお宅での片付けに取り組みました。屋内からの運び出しと屋外の作業を協力して進めました。 8月29日|倒れた家具を戻し、室内を片付ける 8月28日から31日まで職員3名を派遣しました。29日は他のボランティアと合わせた8名で、午前10時から午後3時まで活動。倒れた食器棚やタンスを戻し、壊れた家具の解体、割れた陶器やガラスの片付け、災害ごみの搬出を行いました。 8月30日|日奈久地区で家財を搬出 八代市日奈久地区で、職員3名を含む6名が午前9時45分から午後0時30分まで活動しました。災害ごみの積み込み・運搬や、室内と崩れた壁の片付け、棚や椅子の解体に取り組み、翌31日に帰山しました。 9月7日|軽トラック2台で家財と廃材を運ぶ 9月6日から9日までの派遣では、7日に職員2名と他のボランティア2名で活動しました。家財や瓦、土壁などを軽トラック2台で搬出先へ運び、午後3時30分頃まで協力して作業を進めました。 9月8日|力を合わせ、暮らしの再建を支える 現地で1名が合流し、総本山から3名が参加しました。午前は4名、午後は10名のボランティアで家具や家財の運び出しと災害ごみの運搬に取り組み、午後2時30分頃に終了。職員2名は翌9日に帰山しました。 9月8日|現地で作業の準備 受付とマッチングを経て、現場での活動に備えました。午前は総本山の職員3名を含む4名で活動しました。 9月8日|災害ごみの搬出先へ 運び出した家具や廃材を搬出先へ届けました。集められた家財の量からも、片付けの支援が引き続き必要な状況が伝わります。 9月8日|積み込んだ家財を搬出 運び出した家具や家財を軽トラックに積み込み、搬出先へ運びました。仲間と声を掛け合いながら作業を進めました。 9月8日|力を合わせて家具を運ぶ 総本山の職員と他のボランティアが協力し、大きな家具や家財を軽トラックへ積み込みました。
- 活動について | 生長の家総本山 公式サイト
自然と人間が共生する"新しい文明”の基礎づくりのために、生長の家が取り組んでいる活動と総本山の事例を紹介しています。 ノーミート・低炭素の食生活 「ノーミート・低炭素の食生活」とは、ノーミートの食事を取り入れ、地産地消や旬産旬消を心がけ、自然食品やオーガニック食品を選ぶことでフードマイレージを減らし、地元の農漁業の振興に貢献する取り組みです。また、家庭菜園や植樹などを通じて自然とのつながりを実感し、環境負荷を減らす生き方を実践します。これらの取り組みを推進するのが「SNIオーガニック菜園部」です。 生長の家総本山でも、この生活法の実践として、無農薬、有機栽培で野菜や果物、稲を育成し、収穫した食材はノーミート料理として食堂にて提供しています。 Like 活動事例 省資源・低炭素の生活法 「省資源・低炭素の生活法」とは、生活や仕事で排出される二酸化炭素を減らすために、省エネルギーの工夫や太陽光発電の活用などを行う取り組みです。特に、二酸化炭素排出量を抑制する通勤通学手段として自転車を利用し、その実践を推進するのが「SNI自転車部」です。 生長の家総本山でも、この生活法の実践として、自転車の普及に加え、境内地の森林の適切な間伐や育成、太陽光発電所の設置、電気自動車の活用、ISO14001の取得などに取り組んでいます。 Like 活動事例 自然重視・低炭素の表現活動 「自然重視・低炭素の表現活動」とは、自然素材を使った手工芸や絵手紙の創作、芸術作品を通じた表現活動です。こうした手づくりのクラフトを通して自然との一体感を深め、二酸化炭素の排出を抑えながら喜びを共有する取り組みを行うのが「SNIクラフト倶楽部」です。 生長の家総本山では、間伐材を活用した日用品の創作をはじめ、練成会では境内地の美しい自然を観察し、絵手紙や俳句の創作などを実践しています。 Like 活動事例 新しい文明 の基礎づくり 私たちの活動について 生長の家では、自然と人間が調和した‟新しい文明”の基礎をつくるために、「ノーミート 、低炭素の食生活」「省資源、低炭素の生活法」「自然重視、低炭素の表現活動」の3つのライフスタイルをお勧めしています。そのようなライフスタイルを実践すると共に、「神・自然・人間は本来一体である」という真理を多くの人々に伝え、「自然を破壊しながら人類の幸福を追求する」という‟旧文明の思想”と行動から、自然を破壊せずに人類全体が繁栄する平和への道へと、文明の方向転換を進めていきたいと考えています。 地球社会貢献活動 「地球社会貢献活動」とは、自分の周りの人やコミュニティー、動物・植物・菌類や鉱物なども含めた地球社会のいろいろな問題に対して関心を持ち、問題解決のために自主的または組織的に活動することです。平和・環境問題をはじめとした現代の地球規模の諸問題は「人間中心主義(anthropocentrism)」に由来しているものが多く、その解決には人間中心主義に偏しない社会貢献活動が必須です。生長の家では、人間社会だけではなく、動物・植物・菌類や鉱物なども含めた地球社会全体の問題の解決をめざし、様々な「 地球社会貢献活動」 に取り組んでいます。 生長の家「オープン食堂」 生長の家では、地域に根ざして人々の暮らしに寄り添う“生長の家オープン食堂”を全国各地で開設しています。この活動は、人と会う、話ができる、決して豪華でないけれども食事が頂ける――そんな場を提供させていただく中で、人々の“心の受け皿”となる開かれた場を提供することを通して、お互いが声を掛け合い助け合う社会の再生を目指しています。 Like 活動事例 自然の恵みフェスタ 現代では便利さを優先する暮らしの中で、自然とのつながりや身体を動かす喜びが失われつつあります。生長の家では、地域と自然を大切にする生活への転換を進めており、「自然の恵みフェスタ」はその体験と共有の場です。自然の恵みに感謝し、地域文化を受け継ぐとともに、災害への備えや被災者支援の大切さも伝えてい ます。フェスタを通じて、思いやりと助け合いの心を育み、地球と地域に貢献するきっかけを広げています。 Like 活動事例 P4U ~ ウクライナに平和を ~ 2022 年2⽉24 ⽇にロシアが国際法を無視してウクライ ナへの軍事侵攻を開始したことにより、ウクライナの多くの人々の命が失われ、安全を求めて数多くの人が国内外に避難しています。 これに対して宗教法人「生長の家」は、ウクライナの人々を支援するため、ウクライナ支援プロジェクト「P4U――ウクライナに平和を」の実施と、ウクライナへの緊急支援募金を実施しています。(P4Uとは「Peace for Ukraine」の略語です) Like 活動事例 被災地支援 生長の家では、地震や豪雨などの自然災害が発生した際、被災された方々に寄り添うため、被災地での支援活動に積極的に取り組んでいます。現地で必要とされる支援に応じ、物資の提供やボランティア活動を行うとともに、募金活動を通じて被災地の復旧・復興を支えています。 生長の家総本山でも、支援物資のお届けや職員の派遣を行い、地域の皆さまや他のボランティアと協力して活動しています。 Like 活動事例 居住地の自然と文化遺産の豊かさを顕彰する 生長の家では、居住する地域の自然や文化遺産の豊かさを改めて見直し、固有の自然の恵みと、その自然と調和した文化的伝統に感謝し、自然と人間との深い関わりについて顕彰する活動を行っています。 生長の家総本山が所在する西海市西彼町は、山と海の自然豊かな地形を有し、多種多様な動植物、様々な文化財、歴史的な名所も点在し、地域の文化と自然が調和した魅力的な環境が広がっています 。 Like 活動事例 清掃奉仕など 総本山では、地域貢献活動として、神社や通学路の清掃なども行っています。 職員有志による清掃奉仕に加え、地域の要望に耳を傾け、地元の皆様とのつながりを深めています。 Like 活動事例 生長の家が重点的に行っている地球社会貢献活動リスト ● 食料支援 ・生長の家オープン食堂 ・フードバンク支援 ・一汁一飯 ● 環境・平和問題 ・自然の恵みフェスタ ・PBSミニイベント/イベント ・ウクライナ支援プロジェクト P4U ~ ウクライナに平和を ~ ・被災地支援 ・清掃奉仕 ・植樹/植林 ・生物多様性保全募金 ・自然エネルギー拡大募金 ● 文化・芸術 ・居住地の自然と文化遺産の豊かさを見直す活動 ・俳句 ・絵画(絵手紙・絵封筒含む) ・クラフト ● 教育振興 ・無料塾の開催 ・教育支援募金
- 授与品・参拝記念品 | 生長の家総本山 公式サイト
生長の家総本山の授与品・参拝記念品をご紹介。各種お守りや様々な参拝記念品を取り揃えております。ご参拝の際にぜひお求めください。 授与品・参拝記念品 社務所では以下の授与品・参拝記念品を頒布しています。 お申し込みに関しては生長の家総本山祭務部祭務課へお電話下さい。 TEL:0959-27-1127(祭務課・社務所) ※祝日・行事がある日を除き、毎週木曜日は定休日となります。 何卒ご理解の程よろしくお願い申し上げます。 総本山の新しいお香 「藤のしらべ」を謹製 2,000円 (詳しくは下の一覧をご覧ください) 授 与品 お守りには生長の家の経典である聖経『甘露の法雨』が納められています。『甘露の法雨』とは生長の家創始者・谷口雅春先生の書かれた長編詩で、 生長の家の真理の大要が集約されており、神道、仏教、 キリスト教など諸教を信仰している方でも共通に理解して頂ける真理の言葉が現代語で分かり易く書かれています。この『甘露の法雨』のお守りを身につける事によって、神様の波長と共鳴し、人生万般の問題が解消し生活が豊かになるとされています。 お守り「甘露の法雨」 詳細を見る 造化の三神の神霊符用神棚 造化の三神と神霊符についてはこちらをご覧ください 神棚(三社造り) 詳細を見る 神棚(一社造り) 詳細を見る お札立て 詳細を見る 寸法の詳細についてはこちら(PDFファイル) でご確認ください。 ※神霊符は別途お求めください。お問い合わせは社務所 0959-27-1127まで 一社造りとお札立て(2体)に神霊符を祀った場 合 お札立てに神霊符を祀った場合 参拝記念品 藤のしらべ 詳細を見る 幸運鈴 詳細を見る 御朱印帳 詳細を見る 「ありがとう」干支置物 詳細を見る 絵手紙・絵封筒 詳細を見る 交通安全自転車ステッカー 詳細を見る 交通安全環境ステッカー 詳細を見る 交通安全マグネットステッカー 詳細を見る 交通安全自転車ステッカー紹介動画
- 祭事 | 生長の家総本山 公式サイト
生長の家総本山で執り行われる祭典・儀式についてご紹介。年間を通じて行われる行事の詳細をご案内しています。 祭 事 龍宮住吉本宮で執り行われる祭事のご案内 龍宮住吉本宮の祭祀は、生長の家の教えに基づき、御祭神である天之御中主大神・高御産巣日神・神産巣日神のムスビの御神徳を仰ぎ、実相顕現を祈念して執り行われます。 祭典には、秋季大祭をはじめとする恒例祭や御祈祷(お祓い)などがあります。 世界平和実現のための 特 別 誓 願 Like 半年に一度、心を浄化する 大 祓 Like 日々の御祭り 恒 例 祭 Like 人生の節目に神様に感謝する 御 祈 祷 Like 祭 典 報 告 六月晦大祓 2026年6月30日午前10時より「六月晦大祓」が執り行われました。 全国より届けられた大祓人形は御神前に奉安し、祭典後謹んで焼納させていただきました。 三方に納められた大祓人型を御神前に奉安 開式後、まず修祓にて人型を祓い浄めます 祝詞奏上 御神火奉戴 聖経『甘露の法雨』の集団読誦 読誦中に大祓人型を浄化場へ移します 後取にて謹んで移動します 聖経に記されている真理の言葉を送念することにより、神の子の実相が一層顕れてまいります。 祭典後には人型を焼納し、『観世音菩薩讃歌』を読誦させていただきました 浄化の火で焼却された人型 皆様の罪穢れ・悪業悪因縁が消滅し、神の子の実相がさらに顕現することを祈念させていただきました 2025年の祭典報告
- 居住地の自然と文化遺産の豊かさを顕彰 | 生長の家総本山 公式サイト
生長の家では、自然素材を用いた手作りのクラフト活動を推奨しています。この取り組みは、現代の大量生産・大量消費・大量廃棄のライフスタイルから脱却し、自然との調和を目指す新しい生活様式の一環です。手作りを通じて、私たちは自然との一体感を取り戻し、創造する喜びを再認識できます。 居住地の自然と 文化遺産の豊かさを顕彰 現在、生長の家では、居住する地域の自然や文化遺産の豊かさを改めて見直し、固有の自然の恵みと、その自然と調和した文化的伝統に感謝し、自然と人間との深い関わりについて顕彰しています。 (※顕彰とは隠れた善行や功績などを広く知らせることです) 生長の家総本山が所在する西海市は、長崎県西彼杵半島の北部に位置し、西は五島灘、東は大村湾、北は佐世保湾と、三方を海に囲まれた自然豊かな地形を有しています。また、国指定天然記念物の七ツ釜鍾乳洞や重要文化財の西海橋など、歴史的な名所も点在し、地域の文化と自然が調和した魅力的な環境が広がっています 。 居住地の顕彰一覧 これまで総本山職員で顕彰した場所と地図になります。 喰場八幡神社 椎野大神 天久保馬頭観音 多以良内郷の権現岩 上岳神社と一瀬久太郎 下岳郷と大明寺川 西海橋 針尾送信所 ド・ロ神父と出津教会 邦久庵 中浦地区と雨乞い岩 平山郷の金比羅神社 横瀬浦と八ノ子島 早岐瀬戸と茶市 鳥加郷と千日祭 雪浦の自然 川棚町の豊かな森と水 大石大神宮 崎戸町の海の恵 松島 喰場八幡神社 八幡神社の石段 喰場川と飛び石 総本山から車で約5分、喰場川沿いにある喰場八幡神社は、江戸前期に喰場郷の総鎮守として建立されました。喰場郷は令和2年度の国勢調査で人口約340人。ほとんどが山間部で、喰場川の流域には広葉樹の森と多様な動植物が生息しています。豊かな自然が魚や鳥の餌場となったことから、「喰場(じきば)」という地名がついたと伝えられています。また、総本山建立以前、この地域は薪や野草の採取地であり、特に薪は干拓工事の重要な資材でもありました。薪を牛背に積んだ光景は「長堤の帰牧」と呼ばれ、往時の名物風景だったそうです。 総本山の境内には、平安時代の有力者・椎野大膳(しいのだいぜん)を祀る祠堂があります。由来記によれば、「大膳」は官職名で五位の位階に由来し、「四位の大膳」との語呂合わせから椎野大膳という名称が成立したと推察されています。本来「大膳」は宮中の食事を司る役職であり、また「喰場」の「喰」には「食べる」の意味が含まれることから、この地が古くから「食」と深く関わる場所だったことがうかがえます。さらに、龍宮住吉本宮がある「大神平(おおかみだいら)」の地名も、当初は「大膳平」と呼ばれていたと伝わっています。 西海市郷土史研究会の内海悌二会長によると、神社前の道は長崎方面へ向かう唯一の街道で、外海方面への分岐点でもあったため、多くの旅人で賑わっていたそうです。長崎市内を朝出発すれば正午にはこの社前に到着し、旅人たちは川で水を飲み、木陰で弁当を広げて休息しました。旅の安全を祈る参拝とともに、街道警備も行われる場所でした。 神社前の喰場川には飛び石があり、大雨や満潮時には渡ることができません。さらに、本殿へは石段86段を上る頑強な造りです。明治時代に国道206号線が整備されると、旧街道が廃れ、八幡神社は他社と合祀され廃社となりました。しかし、祭礼の日には今も多くの地元の方々が参拝し、信仰が受け継がれています。 椎野大神 椎野大膳のお墓 お茶の水 総本山の境内地に祀られている椎野大神。その御祭神・椎野大膳は、平安時代にこの地の荘園を治めた豪族とされており、実在と伝説の両面から語り継がれています。文久2年(1862年)に大村藩が編纂した『郷村記』には、正暦五年(994年)、大村氏の祖・藤原直澄が大村の地に入国した際、船を母衣崎に寄せ、椎野大膳をはじめとする地元の人々が上陸を出迎えたと記されています。母衣崎は、総本山から約5キロに位置し、現在は四本堂公園の一部となっています。磯辺の湧水は「お茶の水」と呼ばれ、直澄に供した茶に由来する標石が建てられています。また、直澄が腰を掛けたとされる「御腰掛石」は、平らな玄武岩が二つ重なり合い、今もその姿をとどめています。 椎野大膳は、十世紀初めには白崎郷膝行神に住んでいたとされ、近くには大膳の屋敷跡も残ります。現在は竹林に覆われていますが、大村湾を望む景観が広がる場所です。『西彼町郷土誌』によると、椎野大膳は人々から信頼されていた人物で、ある日狩猟のため、現在の総本山のある地に入った際、大蛇と遭遇。これを退けたものの、翌年、再び狩りに出た際にその地で命を落としたと伝えられています。遺体を動かそうとしたところ、「大膳はやらんぞ」との天の声があり、体の一部をその場に、残りを屋敷近くに葬ったとされます。以後、大膳の徳を偲び、村人たちは祠を建てて祀り、「大膳平」と呼ばれた地は「大神平」となり、現在に至ります。椎野大膳は、総本山内の顕斎殿の側にある丘の上に椎野大神として祀られています。 一方、屋敷跡に近い共同墓地には大膳の墓碑も残り、苔に覆われながらも丁寧に手入れされています。今も椎野家にゆかりのある方々によって、静かに守られています。 天久保馬頭観音 馬頭観音像 3つの祠 総本山のある西彼町に隣接する西海町天久保郷には、古くから馬頭観音が祀られています。 馬頭観音については、『馬と石像馬頭観音』(栗田直次郎氏・片山寛明氏 共著)によると、平安時代に真言宗が広まり、六道の思想が民衆の間に浸透する中、観世音菩薩に救いを求める信仰の一つとして誕生したとされています。特に、畜生道に落ちた者の苦しみを救うため、憤怒の相をもって現れたのが馬頭観音であったと伝えられています。やがてその信仰は、飼育される馬や牛の健康と安全を願うものとなり、近年では交通安全の守護としても祈られるようになりました。また、家畜が亡くなった際には、その冥福を祈る柔和な表情の馬頭観音像が彫られるようになったとも記されています。 訪れた馬頭観音は、入り江に面した小高い山の上に祀られており、参道には享保元年(1716年)の記念碑が建てられています。そこには、当時の領主・大村式部公頼が高山御料牧場を設けた際、断崖から落ちて命を落とした馬の霊を慰めるために馬頭観音を祀ったと記されていました。山を登ると三つの祠が並び、中央には元熊野神社観音、右には漁師に信仰された恵比須像、そして左の祠に馬頭観音が安置されています。祠内の馬頭観音像は高さ20センチほどの石像で、三面六臂の形をとり、穏やかな表情をたたえています。 地元では、毎年10月9日に「くんち」と呼ばれる例祭が行われ、祠の注連縄なども住民によって新しく整えられています。また、この地には「馬込」「土手口」「高山」といった地名が今も残されており、かつての牧場や馬に関する記憶が地域に根づいています。 多以良内郷の権現岩 権現岩と岩倉神社上宮 岩倉神社の鳥居 総本山から車で約30分。西彼杵半島の西側、大瀬戸町多以良内郷には、美しい自然の中にそびえる「権現岩」があります。この大岩は、石灰質の断層の東部に位置し、炭酸カルシウムが雨水によって浸食された結果、取り残された巨大な岩です。高さ33m、周囲30mの大きさがあり、近くに立つと、その迫力と存在感に圧倒されます。 『大村郷村記』(藤野保編、第五巻)には、寛文五年(1665年)にこの岩の根元に岩倉権現(岩倉神社上宮)が創建され、「高岩あり、其形奇なり」と記されていま す。その後、明治三十八年には、参拝の便を考慮し、麓の集落近くに岩倉神社下宮が建立され、神様はそちらに遷されました。また、多以良公民館の佐々木館長によると、かつて権現岩は地域の遠足や奉納相撲など、様々な行事の舞台となり、地元の人々に親しまれてきた場所でした。中には、幼い頃に岩に登って度胸試しをしたという話も残されています。地元の方々の手で桜が植えられるなど、自然と共に暮らす姿が今も見られます。現在は高齢化の影響もあり、権現岩まで足を運ぶ人は少なくなっていますが、年に数回、岩倉神社下宮では神事が続けられています。 「権現」とは、仏や菩薩が人々を救うため仮の姿で現れることを意味します。大自然の中で静かに佇むこの岩は、人々の暮らしを見守るように聳えています。 上岳神社と一瀬久太郎 上岳神社 一瀬久太郎の頌徳碑 総本山から車で約5分、上岳郷は大明寺川の中流域に位置し、隣接する下岳郷とともに、江戸時代後期の1836年に新田開発が行われ、稲作が盛んになった地域です。 上岳郷区長の山口定己さんによると、かつてこの一帯は遠浅の干潟で、小さな島々が点在していたといいます。その名残として、現在も高手嶋と呼ばれる小高い丘が残り、往時をしのばせています。新田開発は、干潟に堤防を築き水を排出する干拓工事によって行われました。以前は排水が悪く、作物の栽培に適さない土地でしたが、土砂が川の流れを妨げ、洪水の原因にもなっていました。完成後も、大明寺川が台風によって氾濫すると堤防が破損し、とくに旧暦八月には「八朔潮」と呼ばれる高潮によって大きな被害を受けることもありました。こうした災害を防ぎ、五穀豊穣を祈るため、明治三年(1870年)から上岳神社で「上岳八朔祭」が行われるようになりました。以来150年以上にわたり、毎年8月最終日曜日に開催され、総本山からも玉串奉奠や舞の奉納を通じて、地域の安寧と豊作を祈念しています。 旧暦八月の中秋の名月の頃には、月見を楽しみながら豊作を願う習わしもありました。上岳郷芸能保存会の資料によれば、次のような和歌も伝わっています。 「月月(つきづきに)に 月見る月は 多けれど 月見る月は この月の月」 この歌には「月」の文字が八回使われており、旧暦8月の満月を「名月」と称える心が込められています。 また、上岳神社の鳥居横には、地域発展に尽くした一瀬久太郎をたたえる頌徳碑があります。ひ孫の一瀬紀子さんによれば、新田完成当初は塩害や害虫、天災などに悩まされていましたが、久太郎は独自の害虫駆除法を伝え、米の増収に貢献しました。さらに、困窮する家庭に米を分け与えたり、医療費を立て替えるなど、多くの善行で村人に慕われたといいます。 八朔祭では、久太郎が始めたとされる「浮立」が奉納されます。これは、大名行列を模して練り歩く伝統芸能で、村を明るく元気づけるために生まれたと伝えられています。以来、上岳神社の総代は代々一瀬家が務め、その志が今も受け継がれています。 下岳郷と大明寺川 大明寺川 下岳龍神祭の浮立 総本山から徒歩約10分の場所にある下岳郷は、大明寺川の下流域に位置しています。この川は全長約7キロメートルで大村湾へと注ぎ、その支流の一つに、総本山の境内を流れる殿井手川があります。 大明寺川の上流ではアラカシやコナラなどの広葉樹が生い茂り、水辺にはカワセミやカルガモなど多様な鳥類が見られます。これらの鳥たちは、時折、総本山の金龍湖にも訪れます。 下岳郷は、江戸時代初期に金山開発で栄え、江戸後期には新田開発が行われた地域です。大明寺川の水を活用した米作りが盛んになり、現在では西彼杵半島でも有数の広大な水田地帯となっています。 西海市郷土史研究会の内海悌二会長によれば、1827年、大村藩の年貢増収政策の一環として新田開発が始まりました。河口が遠浅の干潟であったため、大規模な干拓工事が必要とされ、約9年の歳月をかけて約7ヘクタールの新田が完成しました。今も「大新田」「大潟」「前嶋」「潟口」といった地名に、その歴史が残っています。 この新田により米の生産量が増加し、戦後の食糧難時には、県によって買い上げられ、配給用として多くの米が供出されました。一方で、大明寺川は当時、川幅が狭く、大雨や高潮のたびに堤防が決壊し、水田が水没するなどの被害も多く、人々の生活は常に自然と隣り合わせでした。 そうした天災から水田を守り、五穀豊穣を願って、1857年には市杵島神社が創建されました。『西彼町郷土誌』によると、永富氏が願主となり、雨を司る竜神を祀る祭礼「下岳龍神祭」が始まったとされています。この祭りは、旧暦6月29日に斎行され、当初は下岳八幡宮から市杵島神社への遷宮を行う盛大な祭礼でした。 現在は、下岳神社(1637年創建)の祭礼として、毎年8月29日に執り行われており、「浮立」と呼ばれる伝統芸能が奉納されます。これは、大名行列を模した華やかな練り歩きで、市杵島神社までの約800メートルを盛大に巡行します。 西海橋 西海橋 大串盛多の像 西海橋は、昭和30年(1955年)に西彼杵半島と佐世保市を結ぶ橋として開通しました。現在では、佐世保方面からお越しの際にバスで通過する主要なルートとなっています。令和2年(2020年)、架橋から65年を迎えた西海橋は、戦後に建設された橋として初めて国の重要文化財(建造物)に指定されました。また、日本初の海峡横断橋としても知られています。この橋がかかる「伊の浦瀬戸」は、大村湾と佐世保湾(外海)を結ぶ水道で、干満の時間差により渦潮が発生し、日本三大急潮の一つとされています。古くから航行の難所とされ、江戸時代の絵師・司馬江漢もその様子を描いています。 西彼杵半島は長く「陸の孤島」と呼ばれていました。西海橋の完成は、地域にとって交通革命とも言える出来事であり、今も「夢のかけ橋」と親しまれています。架橋の構想は昭和初期に始まり、昭和11年(1936年)、地元出身の大串盛多議員が初めて県議会で訴えました。戦争や資材不足により計画は中断されますが、昭和25年(1950年)、吉田茂首相の決断により建設が実現しました。建設には当時の最新技術が用いられ、支間長216メートルという日本初の大規模工法や、急潮を避けるための吊り構造などが採用されました。技術者たちは厳しい自然条件の中、昼夜を問わず作業にあたり、西海橋の架橋を成し遂げました。また、建設当初「伊の浦橋」と呼ばれていた名称は、全国から寄せられた約三万三千通の応募の中から「西海橋」に決定。周辺は公園として整備され、現在は桜の名所としても親しまれています。大串盛多議員は橋の完成を見ることなく亡くなりましたが、公園内の胸像が今も橋を見守り続けています。多くの人々の願いと努力の結晶が形となった西海橋。その歴史に触れ、深い感動を覚えました。 針尾送信所 針尾送信所 送信所内部 西海橋の近くにそびえる針尾送信所(旧佐世保無線電信所)は、総本山から車で約25分の場所にあります。高さ約136メートルの無線塔が三本建ち並ぶこの施設は、太平洋戦争開戦の暗号「ニイタカヤマノボ レ一二〇八」が中継されたとも伝えられています。 佐世保市教育委員会によると、この三本の塔は長波通信用の電波塔として、大正11年(1922年)に旧海軍によって建設されました。当時の最新技術を用い、通信の要として、中国大陸や南太平洋方面との交信に利用されました。3塔は一辺300メートルの正三角形に配置され、その中心から送られるモールス信号は、空中線を通じて3方向へ発信されました。戦時中、佐世保市は空襲の被害を受けましたが、無線塔は破壊を免れ、戦後もその姿を保ち続けています。戦後、一時は解体も検討されましたが、市民の保存運動により存続が決まり、平成25年には国の重要文化財に指定されました。現在は地元の保存会が草刈りや案内活動を行い、見学者を迎えています。 この無線塔は今年で建設から100年を迎えます。鉄筋が錆びにくい川の玉石を使い、手作業で丁寧に積み上げられた構造は、今なお補強なしで美しい姿を保っています。最近の調査では、今後100年も現状のままで保てるとされています。保存会会長の田平清男さんによると、かつては子どもたちの遊び場でもあり、塔内の梯子を登った思い出が語られています。戦後、引き揚げ者が見た無線塔の姿は、多くの人々の記憶に刻まれており、今でも家族で訪れる方が後を絶ちません。歴史と平和を学ぶ場として親しまれています。 ド・ロ神父と出津教会 ド・ロ神父像 出津教会 総本山から車で約45分の長崎市外海町は人口約3,000人の小さな町ですが、「キリシタンの母郷」とも呼ばれています。明治時代にフランス人のド・ロ神父が建てた出津教会は、ローマ法王に次ぐ地位である枢機卿を二人も輩出した場所として知られています。この出津教会を中心とする出津集落は、ド・ロ神父が信仰と生活の再建に尽力した地域で、「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」の一つとして、2018年に世界文化遺産に登録されました。 16世紀にキリスト教が伝来した際、外海では約2,000人が洗礼を受け、禁教令の下で約250年間、信仰を守り続けました。断崖に囲まれた地形や不便な陸路が、潜伏を可能にしたとも考えられています。明治初期の教会記録によると、カトリックに復帰した信者が約2,900人、潜伏を続けた者が5,000人に上ったとされます。1879年、外海の主任司祭として赴任したド・ロ神父は、貴族出身で多くの実学を身につけて育ちました。来日後、極度の貧困に苦しむ外海の人々の姿を見て、自立の支援に力を注ぎました。1882年には、神父自らの設計による白漆喰の出津教会を完成させ、続けて、女性のための「救助院」を開設。素麺や醤油、パンなどの製造をはじめ、織物工場や薬局、保育所などを次々と設立しました。製品は長崎の外国人に好評で、女性たちの制服には西洋画に描かれた衣装が参考にされました。救助活動は1909年に政府から助成を受けるほど高く評価されています。神父は母国に戻ることなく、35年間にわたり地域の再建に尽くし、74歳で長崎の地にて亡くなりました。 邦久庵 邦久庵 デッキからの眺め 総本山から車で約20分、風早郷に佇む茅葺きのいおり庵「邦久庵」。建築家・池田武邦さんが、終の棲家として2001年に建てられ、池田さんの「邦」と、夫人・久子さんの「久」から名付けられました。池田さんは日本初の超高層ビル「霞が関ビル」を手がけた建築家で、後に「オランダ村」や「ハウステンボス」の設計を手がけ、環境保全を重視した循環型の町づくりに尽力しました。 現在、邦久庵は「邦久庵倶楽部」が維持管理し、一般公開のイベントを通じてその理念を伝えています。7月の公開日には七夕の笹竹が飾られ、平和と自然への願いが短冊に託されていました。 「邦久庵倶楽部」の資料によると、池田さんがこの地に惹かれたのは、長崎出身の女性との面接をきっかけに、戦後療養時に見た大村湾の風景を思い出したからでした。紹介された「琵琶ノ首鼻」からの景色に心を動かされ、土地を取得。地域の方々の協力のもと、まずはコンテナハウスを建てました。岬の岩場にある恵比寿様の祠を見て、「神様の土地を借りて住まわせていただいている」という畏敬の念を抱かれた池田さんは、やがて茅葺き屋根の邦久庵を建築されます。これは、伝統技法を受け継ぐ地元の棟梁にその技術を活かしてほしいという想いからでした。 邦久庵の茅葺き屋根は、断熱性・調湿性に優れ、囲炉裏で火を焚いても煙がこもらない優れた構造。池田さんは茅を「神様が創った素材」と讃えました。2階の屋根裏部屋からはその茅葺きを間近で体感でき、素材の香りや風合いに心が和みます。庵は釘を使わず、九州産の木材を用いた伝統工法で建てられており、随所に先人の知恵が活かされています。また、全ての部屋から大村湾が望めるよう設計され、特に海に迫り出したデッキからの眺望は圧巻です。春分・秋分の日には正面に夕陽が沈み、池田さんはこの場所で星空や潮の満ち引きを眺めながら、自然との対話を楽しまれていました。庵の裏手には、池田さんが提案し実現した石積みの自然護岸があります。海と山のつながりを守るため、コンクリート護岸に反対し、生態系の循環を尊重する設計が施されています。 邦久庵は、自然と共に生きる池田さんの哲学が形になった場所です。 中浦地区と雨乞い岩 中浦ジュリアン像 雨乞い岩 総本山から車で約30分、西海町中浦地区は、五島灘の美しい海と緑豊かな山々に囲まれた自然豊かな小さな集落で、約200世帯の人々が暮らしています。早生ミカンの産地として知られるほか、国指定天然記念物「七釜鍾乳洞」と、天正遣欧使節の一人・中浦ジュリアンの出生地としても有名です。中浦ジュリアンは、キリシタン大名・大村純忠の名代として14歳でローマへ渡り、日本とヨーロッパをつないだ初の公式使節団の一員として歴史に名を刻みました。帰国後は司祭となり、禁教下で布教を続けた末に殉教しました。その後、長らく功績は埋もれていましたが、昭和30年代に教科書で紹介されたことをきっかけに、地元でも顕彰の機運が高まり、2002年には生家跡に「中浦ジュリアン記念公園」が整備されました。 中浦はかつて大陸との交易航路にも位置していたことから、キリスト教が伝わった一方、土着の信仰も今に残ります。ジュリアンの生家近くの海岸には、かつての信仰の場である「雨乞い岩」があり、干ばつの際には岩に水をかけて降雨を祈る行事が行われていました。この祈願が後に「中浦浮立」という神事となり、現在は大名行列を模した躍動感ある祭りとして、4年に一度、宗像神社に奉納されています。その宗像神社の裏手には、仏法を守護し、雨乞いの神としても信仰された八大龍王を祀る小さなお宮があります。『西海町郷土誌』によると、江戸時代初期の慶長年間以前から祀られていたと記されており、この地に根付く自然信仰を物語っています。 中浦地区には「金龍橋」「龍の浦」など、龍にちなんだ地名が多く残っており、七釜鍾乳洞内にも「龍王洞」「龍宮境」といった名称が見られます。この地域一帯に、龍神を自然の力をつかさどる存在として敬う信仰があったことがうかがえます。なお、「雨乞い岩」はその形が蛙に似ていることから、地元では「どんくう岩」とも呼ばれています。「どんくう」とは長崎の方言で蛙を意味し、この名にちなみ、かつては田植えの際に踏んでしまった蛙やおたまじゃくしを供養する「どんくう供養」が行われていました。現在は行事そのものは行われていませんが、田植えの翌日は休日とし、命に思いを馳せる日とされているそうです。 平山郷の金比羅神社 金比羅神社 奉納相撲 総本山から車で約10分。西海市西彼町平山郷の標高218メートルの山頂には、金比羅神社が鎮座しています。麓の駐車場から急な石段を二百段以上登った先には、紺碧の大村湾とリアス式海岸の美しい景色が広がり、地元の方々も誇る景勝の地として親しまれています。頂上には展望台とモニュメントが整備されています。この地は古くから「八人ケ岳」と呼ばれています。『西彼町郷土誌』によれば、文治元年(1185年)、源平合戦の際に平氏を追討していた部隊が暴風雨に遭い、岩穴に避難したものの岩が崩れ、八人全員が亡くなったという伝承が残されています。 金比羅神社は、江戸時代末期、この地に赴任した役人が平山郷の人々のあたたかな人情と風土に感銘を受け、香川県の金刀比羅宮から神様を勧請したのが始まりと伝えられています。金刀比羅宮は海の守り神として信仰されており、平山郷の金比羅神社も、大村湾の海上交通の安全と、地域の心の拠り所として崇められてきました。毎年4月10日に最も近い日曜日に行われる例祭では、願い事が成就したことへの感謝を込めて相撲が奉納されます。「たとえ雨が降っても三十三番取らんといかん」との言い伝えの通り、願をかけた者は三十三番の相撲を奉納し、一本ごとに木の葉を串に刺し、その串を感謝の気持ちとともに祭壇に納めます。 かつては地方の力士たちが大村湾の対岸からも船で集まり、最高位の大関が土俵に立つこともありました。奉納のあとには、西海市の無形民俗文化財「平山礎築音頭」も披露されます。この音頭は、家を建てる際の「地固め」を再現したもので、紅白の布と鈴をつけた丸太を三本の支柱と十二本の綱で持ち上げ、地面に打ちつける動作を繰り返します。その際に歌われる「礎築音頭」は、元寇の防塁工事を鼓舞するために鎌倉時代に歌われたと伝えられ、重機のなかった時代に、人々が声を揃えて作業するための力強い作業歌として伝えられています。 このように金比羅神社では、信仰とともに地域の伝統が今も大切に受け継がれています。 横瀬浦と八ノ子島 横瀬浦港 八ノ子島 総本山から車で約30分の場所にある西海市西海町横瀬郷の横瀬浦は、戦国時代の1562年、ポルトガル船との国際貿易港として開かれた歴史ある港です。波が穏やかで水深があり、周囲の山々や入り江が外敵からの目を遮る地形であったことから、古くから良港として知られてきました。 当時のポルトガル船の来航目的は、交易に加えキリスト教の布教もありましたが、他の港では布教が許されなかった中、横瀬浦の領主・大村純忠は、日本で初めて免税や布教の自由などを認め、国際港として横瀬浦を開いたのです。それまで35軒ほどの農漁村だった横瀬浦は、交易の拠点となると、生糸やコンペイトウなどの珍しい品々を求めて各地の商人が集まり、京や堺に劣らぬ賑わいを見せるようになりました。また、キリスト教の祭礼も盛大に行われ、宣教師ルイス・フロイスが横瀬浦から日本に上陸したことも、布教の拠点であったことを物語っています。 現在、その教会跡地に整備された「横瀬浦公園」には、ローマに向かって手を差し伸べる等身大のフロイス像が立ち、教会風の展望台からは、昔ながらの町並みと穏やかな湾を望むことができます。潮風の中に、かつての国際港として栄えた横瀬浦の姿を感じることができます。 純忠は横瀬浦の教会で洗礼を受け、日本で初めてのキリシタン大名となりますが、神社仏閣を破壊したことにより内紛が起こり、横瀬浦は焼き討ちに遭い、貿易もわずか一年で途絶えてしまいます。その後、純忠は長崎港を開き、横瀬浦の町づくりは長崎に引き継がれました。 深く湾入した地形など、横瀬浦と長崎港の共通点は多く、地元の方々は「長崎港の原型は横瀬浦にある」と誇りをもって語られています。実際、現在の長崎市に残る「上町」「下町」「思案橋」「丸山」といった地名も、もともとは横瀬浦にあった町名が移されたものとされています。 海岸沿いを歩くと、沖合300メートルに位置する八ノ子島が見えてきます。お椀を逆さにしたような形が特徴で、頂上には白い十字架が立ち、地域のシンボルとして親しまれています。十字架は、ポルトガル船の船長が三夜連続で上空に浮かぶ幻影を見たことから建立を命じたと伝えられ、それ以来、航海の目印とされてきました。現在の十字架は、1962年にポルトガル船来航400年を記念して再建されたものです。 横瀬浦の歴史には、日本と世界をつないだ先人たちの勇気と交流の足跡が色濃く刻まれています。 早岐瀬戸と茶市 早岐瀬戸 早岐茶市 総本山から車で約40分の佐世保市早岐地区にある早岐瀬戸は、大村湾と佐世保湾を結ぶ海峡で、潮の干満により流れの向きが逆転する独特な地形を持ちます。「潮の目」と呼ばれる急流が特徴で、『肥前国風土記』には「速来の門(潮流の速い水門)」と記され、この「速来」が「早岐」の地名の 由来とされています。早岐神社にも「速来宮」と書かれた扁額が掲げられています。 また、この地域の干潟には多くの有機物が含まれ、栄養が豊富なため、カブトガニなどの希少生物を含む多様な生き物が生息し、地元では潮干狩りも行われています。 かつて広々とした海峡だった早岐瀬戸は、江戸時代の平戸藩による干拓事業で狭まり、現在は最も狭い部分で幅約10メートルとなりました。それでも交通の要所として栄え、本州・九州を結ぶ海陸の交差点として市場が開かれました。平戸往還という街道が通り、宿場町としても発展し、早岐神社には松尾芭蕉の句碑も残されています。 この地では、周辺地域が茶の産地だったことから「早岐茶市」が開かれるようになりました。江戸時代には縁日に合わせて市が開催され、明治時代には最大で600隻の船が集まり、「九州の茶相場は早岐で決まる」と言われるほどの賑わいを見せました。現在も早岐茶市は毎年5月上旬に開催され、新茶をはじめ海産物、農産物、陶器、民芸品などが取引され、約100軒の露店が立ち並びます。今なお多くの人々に親しまれ、地域のにぎわいを伝える伝統行事として受け継がれています。 鳥加郷と千日祭 鳥加郷 千日祭の提灯 総本山から車で約5分の西彼町鳥加郷は、総本山のある喰場郷に隣り合う山あいの集落です。谷間には水田が広がり、約500人(令和2年国勢調査)の住民が暮らしています。郷の中心を流れる鳥加川流域には、鎌倉時代の石鍋製作遺跡や、江戸時代の金鉱山跡が点在。区長の田添正隆さんによると、かつては豊かな森林資源を活かし、薪や木炭の生産も盛んでした。それらは川を下り大村湾から九州各地へと運ばれ、郷は海上輸送の要衝として栄えました。 田添家には、代々大型船の船主を務めた歴史が残ります。今もご自宅には、当時の羅針盤や船用金庫などが大切に保管されています。こうした商業活動の背景には、郷民に受け継がれる観音信仰がありました。菩提寺・大徳寺の住職、功承さんによれば、鳥加郷では古くから観音様を祀り、「忘己利他」(己を忘れて他を利する)の教えを大切にしてきたといいます。 江戸時代初期、佐賀藩が編纂した『肥前古跡縁起』には、奈良時代の高僧・行基が光を放つ橋を七つに切り海に流し、その材木で観音像を彫ったという伝承が記されています。このうち鳥加郷の入り江に流れ着いた材で祀られた観音は、現在の大徳寺が位置する「観音谷」の起こりとも伝えられています。毎年8月、大徳寺観音堂では「千日祭」を開催。鳥加川両岸に約千個の提灯がともり、参拝すると四万六千日の功徳が得られるとされます。この功徳は、一升(いっしょう)と一生(いっしょう)を掛けた故事にもとづくものです。功承さんは法話で、得た功徳の一部を他者に分け与えることで、観世音菩薩の慈悲を実践する大切さを語ります。古来からの観音信仰は、千日祭を通じて今も郷民の心を結び、互いの喜びや悲しみを分かち合う絆を育んでいます。 雪浦の自然 雪浦川 雪浦ウィーク 総本山から車でおよそ30分の場所にある大瀬戸町雪浦地区は、海、山、川の自然が調和した風景が広がる地域です。森林が地域の約8割を占め、かつてはその資源を活かした炭焼きが盛んに行われていました。山間部には数多くの渓谷があり、下流には落差約20メートルの「つがね落としの滝」が見られ、自然 の力強さと美しさを体感できます。山から流れる清らかな水は、雪浦川となって町の中心をゆるやかに流れ、田畑を潤しながら、景観の一部を形づくっています。河口付近の「雪浦海浜公園」では、朝の散策やマリンスポーツを楽しむ人々の姿が見られ、晴れた日には東シナ海を望む雄大な眺望も広がります。 近年では、自然環境の豊かさと市街地までの交通の便の良さが評価され、子育て世代や趣味を楽しむ高齢者、故郷に戻る人々の移住が増え、地域の人口は徐々に増加しています。また、雪浦は古くから自然を神聖視する信仰が息づく場所でもあります。地元の熊野神社では、毎年10月に例大祭「雪浦くんち」が行われ、浦安の舞や蛇踊り、獅子舞、そして地域の若者による勇壮な「豊年太鼓」が奉納されます。この太鼓は、長年にわたり地域に受け継がれてきた伝統芸能で、自然を敬う心とともに育まれてきました。 さらに、毎年5月の連休には「雪浦ウィーク」が開催され、地域の家庭や工房などが会場となって訪れる人々を迎えます。地元の食材を活かした料理や手づくりの品々、ワークショップ、音楽演奏などが行われ、地域と来訪者との温かな交流が生まれています。こうした雪浦は、自然の恵みと人々の暮らしが調和した地域です。 川棚町の豊かな森と水 虚空蔵山 悠久の森 総本山から車で約50分の川棚町は、令和7年2月現在で約1万2000人が暮らす町です。総本山の対岸に位置し、波静かな大村湾に面して山々に囲まれた風光明媚な土地柄。山間を流れる川棚川沿いの集落は、豊かで肥沃な土壌と川や海の恵みを受けて昔から人々の暮らしを支えてきました。旧長崎街道が町内を貫き、石畳や宿場町の面影が残る風情あふれる町並み。伝統工芸も息づき、地元かまもと窯元では手作りの器や装飾品が並び、訪れる人を魅了します。 町のシンボルは標高608メートルの虚空蔵山。登山口から約40分で山頂に立つと、眼下に川棚町と大村湾の絶景が広がります。平成2年には山周辺の町有林を「悠久の森」として永久保存し、その清らかな湧き水は石木川となって田畑を潤し続けています。石木川沿いには400年以上前から石積みで築かれた棚田が約千枚広がり、四季折々の美しい風景をつくり出します。下流域は「ホタルの里」として知られ、初夏の夜には無数のホタルが幻想的な光を放ちます。 江戸時代に創建された川棚八幡神社には摂社・水神宮が併設され、地下から汲み上げる清水が「ご神水」として親しまれています。こうした川棚町の豊かな森と水の恵みが人々の暮らしを支え潤いを与えています。 大石大神宮 大石と3つの祠 社の裏に突き出している大石 総本山から車で30分の場所にある長崎市琴海村松町の「大石大神宮」は、小高い丘にあり、琴海地区の海を見渡せる場所です。森宮司によれば、この神社を含む琴海地区の神社群は、1612年の大村藩によるキリシタン禁止令後、西彼杵半島に集中して創建された江戸時代初期のものと考えられます。 拝殿に入ると、高さ約2 m・幅約4 mにもなる大きな石が中心に祀られ、祭壇の裏側からは石が飛び出しています。これは、西彼杵変成岩であるこの石がもともとその場所に存在し、その後社殿が築かれたそうです。石の上には三つの祠が並んでおり、中央には主祭神・天照大神、右には金毘羅様が祀られ、左の祠は詳細が分かっていません。 旧・大石村(現・松村町)だったこの地域では、なぜこの石が祀られたかは分からないものの、地元では古来から石を信仰の拠り所として大切にしてきたと伝えられています。また、大石大神宮では毎年5月5日に「五月祓い」という行事が行われます。旧暦5月(現・5月下旬~7月上旬)は、新緑が芽吹き、田植えの時期と重なり、一年のなかで特に緊張感のある季節でした。そのため、心身の不調や疫病、疫神の侵入を防ぐ儀式として行われ、重要な行事とされてきました。さらに、琴海地区内の9社では年間約40の神事が行われ、それぞれ地域特有の加護があるとされています。北部3社は五穀豊穣、半島部2社は大漁と航海安全、そして南部4社(大石大神宮を含む)は長崎市方面からの疫病や外敵を防ぐ役割を担っています。 森宮司はこの伝統を約35年間守り、かつては9社を兼務していました。過疎化による氏子減少の不安があった中でも、総代さんたちの協力で神事を一つも途絶えさせず、現在も地域の信仰を支え続けています。 崎戸町の海の恵 アラカブのバス停 ダイヤソルト工場 総本山から車で約35分の西海市崎戸町は、崎戸島、蛎浦島、江島、平島の四島からなり、人口約1,200人(令和4年3月末現在)の町です。地元の海ではアラカブや鯛、アオリイカなどの高級魚が獲れ、港には釣り人向けの民宿が並び、アラカブをモチーフにしたバス停も見られます。海と人々の暮らしが深く結びついた地域です。とくに、崎戸町は塩の生産量が全国一を誇る地域として知られています。 江戸時代以降、捕鯨と炭鉱で栄え、1907年(明治40年)には海底炭鉱が開かれ、戦中・戦後には人口が2万5千人を超えるほどに。当時、日本一の人口密度とも言われ、物資も豊富で、生活環境が充実していたと伝えられています。しかし、1968年(昭和43年)の炭鉱閉山により町の姿は大きく変わりました。かつての住宅地や市場、映画館などの跡地には、現在、芝生の広場や公園が整備されています。炭鉱が盛んだった頃、2万5千人分の生活用水を確保するのは困難でした。その解決策として注目されたのが製塩でした。塩の製造工程で得られる蒸留水を水道用水として活用できるほか、海水の高い塩分濃度と、低品位の石炭を燃料に使えるという地理的・資源的利点がありました。 こうして1955年(昭和30年)、崎戸製塩株式会社(現ダイヤソルト)が設立され、製塩業が町の基幹産業として発展。水問題を解消しながら、島の経済を支えてきました。現在、ダイヤソルトでは、主に食品加工会社向けの食用塩を製造しており、国内食用塩の約2割、九州では約7割を占めています。イオン交換膜電気透析法を用いることで、塩田を必要とせず、天候にも左右されずに、安定的に高品質な塩を生産しています。2001年には環境ISO14001を取得し、環境への配慮も徹底されています。こうして海の恵みを生かした塩は、全国各地へ届けられ、今も島の暮らしと産業を支え続けています。 松島 桜坂 松島炭鉱(第四坑跡) 西海市・松島は、総本山から車とフェリーで約50分の場所に位置する、信号のない静かな島です。島の周囲は約16キロメートル、人口は約500人で、豊かな自然と歴史が息づいています。 島内には、ソメイヨシノ167本が咲き誇る桜並木「桜坂」があり、桜の季節には、ま るで桜のトンネルをくぐるような爽快なポタリングが楽しめます。この坂道は、著名な歌の名前の由来にもなったと伝えられています。桜坂を上ると、天然記念物のアコウの木があり、その近くには松山神社の祠がたたずみます。この神社は、松島炭鉱の守り神として、かつて愛媛から分霊されたものです。 道を進むと、松島火力発電所が見えてきます。この発電所は長年にわたり県内の電力を支えてきましたが、近年では新たなエネルギーへの転換が進められています。また、島民の手で作られた「日本一小さな公園」もあり、夕日に染まる五島灘を眺めながら、静かな時間を過ごすことができます。島内にはかつての松島炭鉱の第四坑跡が残り、赤レンガの倉庫が当時の産業の痕跡を伝えています。事故で多くの命が失われたこの場所では、今も慰霊と感謝の祈りが捧げられています。島の中央に位置する遠見岳の山頂には、風力発電の風車が設置されており、自然エネルギーの活用が始まっています。 松島は、歴史と産業、そして自然が調和する島です。信号のない道を自転車で巡れば、心も体も解き放たれるような、穏やかなひとときを過ごすことができます。
- 2025年祭典報告 | 生長の家総本山 公式サイト
生長の家総本山で執り行われる祭典・儀式についてご紹介。年間を通じて行われる行事の詳細をご案内しています。 大晦大祓並びに浄心行 2025年12月31日午後2時より執り行われた「大晦大祓並びに浄心行」の様子です。 全国から納められた大祓人形と浄心記載文を神前に奉安し、一年間の罪穢れ・悪業悪因縁を祓い浄めました。 祭典に先立ち、大祓浄心行について説明講話。 祭壇には、「大祓人型」「浄心記載文」及び「組織会員祝福祈願名簿」「聖魂」が奉安されました。 修祓にて祓い浄めます。 半年間の「組織会員祝福祈願名簿」と「聖魂」を龍宮住吉本宮外陣宝筐に謹んで奉安いたしました。 祝詞奏上。 御神火奉戴。 聖経読誦の中、人型は浄化場へ移されます。 後取にて謹んで移されます。 祭場では浄心記載文を焼却。 祭典後、『観世音菩薩讃歌』読誦の中で人型を焼納させていただき、実相顕現を祈念させていただきました。 生長の家秋季大祭 2025年11月21日午前10時より、「第45回龍宮住吉霊宮秋季大祭」、午後1時より「第48回龍宮住吉本宮秋季大祭」が、総裁・谷口雅宣が斎主としてご奉祀され、白鳩会総裁・谷口純子先生ご臨席のもと、厳粛に執り行われました。 また、翌日の11月22日には、「谷口雅春大聖師御生誕日記念式典」が午前10時より執り行われ、信徒一同、大聖師のご生誕をお祝い申し上げ、総裁先生よりお言葉をいただき、運動への意欲を高める機会となりました。 秋季大祭当日は、秋晴れのあたたかな青空に恵まれました。 イチョウの紅葉が美しく境内を飾ります。 11月21日午前10時から執り行われた「龍宮住吉霊宮秋季大祭」。祭典では『大自然讃歌』の一斉読誦を行いました。 龍宮住吉本宮とイチョウ。 午後1時からは「龍宮住吉本宮秋季大祭」が執り行われました。 祭壇には「世界平和実現のための特別誓願券」および神饌田にて収穫されたお米を「稲霊(いねち)」として奉安。 総裁先生による祝詞奏上。 祝詞奏上の後、「特別誓願券奉安の儀」が行われ、誓願券が龍宮住吉本宮内に謹んで納められました。 『観世音菩薩讃歌』の一斉読誦。 万物調和を祈念して「朝日舞」を奉納。 稲霊拝戴。 翌日の11月22日午前10時より「谷口雅春大聖師御生誕日記念式典」が執り行われ、参列者一同、雅春先生のご生誕をお祝い申し上げました。 式典では総裁先生よりお言葉いただきました。 六月晦大祓 2025年6月30日午前10時より執り行われた「六月晦大祓」の様子です。 大祓人形を媒介として、神様の御神徳をいただき、過去の罪穢れ・悪業悪因縁の消滅、実相顕現を祈念しました。 全国の信徒の皆様より納められた大祓人形を神前に奉安 「御神火奉戴の儀」― 神火を拝戴し浄化場へ移します 宮司から祭員へ 聖経「甘露の法雨」読誦の中、大祓人形は浄化場へ謹んで移されます 参列者による集団読誦 浄化場にて「観世音菩薩讃歌」読誦の中、人形焼納の儀が行われました 2025年 祭典報告
